(∵)自分に「タグ」をつける必要性について

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どうも「愛知の素直な心(∵)こうじろうのブログ」です。

(∵)自分に「タグ」をつける必要性について

札

最近、日本酒を勉強しています。酒蔵に行ったり、酒屋に行ったり、いろんな日本酒を飲んだり、人に聞いたり、、、。

少しずつですが、分かるようになってきました。このあいだ、友人が「日本酒もらったけどあまり飲まないからあげる」と言って日本酒をくれました。これを他の人と一緒に飲んだりしてさらに知識が増えました。

さて、表題の件ですが、僕は「日本酒」にアンテナを張っています。例えば、コンビニでどんなの売ってるのかな?デパートでは?飲食店では?道端の看板にのってるとか、チラシとか「日本酒が目に付きます」

もちろん、友人、知人、店(飲食店で働いてるので)のお客さんにも「好きな日本酒は?」とか豆知識とか聞きます。こうしていると、、

僕に「日本酒」という「タグ」が付くのではないでしょうか?僕の周りの人が「こうじろう(僕)から日本酒のタグを」また「日本酒からこうじろう(僕)のタグを」引き出すのだと思います。両者が結び合っているので、「こうじろう(僕)を意識の中で考えたときに日本酒も浮かび」また「日本酒を意識の中で考えた時にこうじろう(僕)が浮かぶ」すると両方向から僕を意識の中に考えるので、「この日本酒の話してやろう」とか「こうじろう(僕)にあげれば喜ぶかな」とか僕に情報が入ってくる可能性が2倍になろのではないでしょうか?

もし、僕が日本酒を勉強していてもだれにも言わずにもくもくと秘密裏にやっているとこのタグ付けがないので効率としては1/2になってしまうのではないのでしょうか?

自分にタグ付けする必要性を感じました。

 

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