課題の分離「幸せになる勇気」読書会に参加しました。

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アドラー心理学 幸せになる勇気

土曜日に友人の主催する「幸せになる勇気」の読書会に参加してきました。

去年は「嫌われる勇気」の読書会を1年間を通してやり、その続きになります。

幸せになる勇気も嫌われる勇気の続編でより実践的な本です。

内容としては、嫌われる勇気でアドラー心理学を学んだ青年が教師となり、実際にアドラー流の教育をし、

結果、うまくいかずに学級崩壊となり、哲人の家に行き、実践的なアドラー心理学を学ぶ。

こんなストーリーです。

読書会の様子


今回は幸せになる勇気の第1部のなかで各自気になる点をシェア、

そしてそのシェアに対してみんなで意見を出すみたいな流れで進行しました。

参加者は5名でしたが総合すると「課題の分離」の話題に終始した感じです。

課題の分離とは?

課題の分離は「その課題を最終的に引き受けるのはだれか?」と考え自分と相手の課題を分ける考え方です。

例えば、子供が勉強をしない、この課題は最終的にだれが引き受けるか?それは勉強をしない子供です。

その子供の問題に「勉強しなさい!」というのは子供の課題に踏み込む行為、課題が分離できていないのです。

たしかに子供は勉強するものと考える親御さんは多いでしょう、でも子供はやりたければやるし、やりたくなければやりません。

親にできるのは、なにかあればいつでも協力するよ、と伝えたりすることくらいでしょうか。

馬を水飲み場に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない、と本書の中でも書かれています。

現実はどうか?

自分自身のことで言えば「課題の分離」は比較的出来るようになったかなぁ、と思います(母親とはまだありそう、なかなか深そうです)。

ただ、実生活の中でアドラー心理学やNLPなどを知らない人と一緒に働いたり関わったりする事が多いです。

なので、課題の分離が出来ていなそうで苦しそうな人(特に親子関係)とか、とよく出会います。

そのような時に、いかに相手に伝わるように会話をするか、は意識するなと思います。

相手に伝わるように会話するにはラポール(NLPでは信頼関係の事)をいかにつくるかを大切にしています。

相手の世界観を知って、相手の価値観で話をする、これがなければ何も始まらないのではないか、と考えています。

で、そうするために自分がいい状態でいることも大切だと思っていて、身体(心)の声を聞くことも大切にしています。

読書会での気づき

今ここで自分は何を感じているか、そこに意識して参加してるな、と思いました。

昔は理屈を説明するのが好きで物事の表面的な話に終始していた自分を思い出しました。

理屈がわかると多くの人は納得しますね、病気も病名が分かると原因不明の病よりは安心するでしょう。

ただ、今自分が何を感じているのかの方が、なぜそれを感じているのか理屈がわかること、より大切なことだと感じます。

まぁ、だからいいとか悪いとかはないのですが、そんな変化を自分では感じます。

終わりに。

次回は新しい方法で読書会を進行すると主催の友人が言っていたので、より楽しみです、乞うご期待。

今度はどんな気づきがあるかなぁ、そして、一緒に参加したみなさんに感謝。

アドラー心理学を学ぶ会ってのも自分で主催して月1回行っています、気になる方は→こちらをクリック

それでは、また。

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